コラム

恒等式と多項式の一致の定理

今回は、生徒のゆうじ君が面白い質問を持ち込んでくれました。

問題

問題

$\dfrac{a}{x-2}+\dfrac{b}{x+2}=\dfrac{4}{x^{2}-4}$

が $x$ についての恒等式になるように、定数 $a$ と $b$ の値を定めよ。

この問題をクラスの友達がこんな風に解いていたんです。

はじめはこれでいいかなと思ったんですが…

解答?

両辺に $x^{2}-4$ をかけて

$a(x+2)+b(x-2)=4$

$x=2$ を代入して $a=1$

$x=-2$ を代入して $b=-1$

(解答おわり)

これってダメじゃないですか?
(…おっ。)

なぜそう思いましたか?

$x=2$ を代入したら、分母が $0$ になっちゃいます。それに…
それに?
たしか、数値代入法は必要条件しか求まらないから、十分条件であることを確認しろって学校の先生に言われたことがあります…

減点されるんじゃ…

なるほど。では疑問に答えていきましょう。

テストの答案として

まず、良い答案か?と言われたらそうは思いません。

説明不足ですし、本人はかなり無神経に数値を代入しただけだろうなという印象です。

てことは減点…
いえ、「減点されますか?」という質問の答えとしては、おそらく…

大学入試のような公平性が求められるテストなら、減点できない

と思います。
え、問題はないんですか?
明確にダメな理由はないですね。答案の体裁上は問題ありません。
そうなんですか…?
モヤモヤしますか?
だって分母が $0$ だし…
ですよね。理由を説明します。

これが体裁上問題ないのは、次の定理を根拠に使ったと読めるからです。

(書いた本人はわけも分からず変形した可能性が高いですが…)

多項式一致の定理

次の定理が非常に重要なポイントになります。
多項式一致の定理

$n$ 次以下の多項式 $f(x)$ と $g(x)$ について、異なる数 $a_{1},a_{2},…,a_{n},a_{n+1}$ について

$f(a_{1})=g(a_{1})$

$f(a_{2})=g(a_{2})$

……

$f(a_{n+1})=g(a_{n+1})$

が成り立つとき、$f(x)$ と $g(x)$ は同じ多項式である。

えっと…これは…

何のことですか…?

例えば放物線の方程式を決める問題で、3点の座標を代入する問題がありますよね。

放物線は2次式でかけるので、3点決めたら必ず1つの式に定まるはずだ、ということを保証する定理です。

あ、その話は聞いたことがあります!

2次式だったら3点で決まる」ですね!

証明は分からないですけど…

証明

具体的に、2次式だとして証明します。

(次数を増やすのは文字の種類を増やすだけでできるので省略します)

$f_{2}(x)$ と $g_{2}(x)$ を高々2次の多項式とします。

つまり、$ax^2+bx+c$ のように書ける式だということです。

(高々2次式だと分かりやすいように添え字をつけています。)

まだ $f_{2}(x)$ と $g_{2}(x)$ はまだ何者かは詳しく分かっていません。

ふむふむ…

…?

ここで異なる3つの数 $a_{1},a_{2},a_{3}$ で、

$f_{2}(a_{1})=g_{2}(a_{1})$ ……①

$f_{2}(a_{2})=g_{2}(a_{2})$ ……②

$f_{2}(a_{3})=g_{2}(a_{3})$ ……③

が成り立つとします。
3点代入した値がそれぞれ等しい…

さて、定理の主張を確認しておきましょう。

この仮定の下で、何が成り立つことを示せばいいのですか?

えっと…2次式で3個代入して等しいので…示すべきは「式が1つに決まる」…つまり「$f(x)$ と $g(x)$ は同じ多項式」ですね!
そうです。順に示していきます。

①より

$f_{2}(a_{1})-g_{2}(a_{1})=0$

であるから、

$f_{2}(x)-g_{2}(x)$ は(     )で割り切れる。

空欄で書きましたが、その因数は何か分かりますか?
…あ、因数定理…!
$a_{1}$ を代入して0だから、$x-a_{1}$ で割り切れます!
OKです。②や③についても同様に考えれば、

$f_{2}(x)-g_{2}(x)$ は $x-a_{1},x-a_{2},x-a_{3}$ で割り切れる

ことがわかりますね。

ということは…

$f_{2}(x)-g_{2}(x)=a(x-a_{1})(x-a_{2})(x-a_{3})$

のような形に変形できるということになりますか?
そうですね…なりますね…
なっちゃいますね。なんなら $a$ は定数ではなくて $x$ を含んだ多項式かもしれないですが。

でも何かおかしくないですか?

え…?

…あ、3次式?

ええ、変ですね。$f_{2}(x)-g_{2}(x)$ は高々2次式のはずなのに、右辺はそうではありませんね?

これを解決する方法は…

ああ!

$a=0$ です!

そうですね。

$a=0$ にしないと、右辺が3次以上の多項式になってしまいますからね。

結局 $f_{2}(x)-g_{2}(x)=0$ となって、$f_{2}(x)$ と $g_{2}(x)$ は一致することが分かりました。

なるほど…

あのすみません、「一致」というのがちょっとピンとこないんですが…

$f_{2}(x)$ と $g_{2}(x)$ に課した条件は、「3か所で一致せよ」だけであって、「すべてにおいて一致せよ」ではないわけです。

ということは、$ax^2+bx+c$ の係数が異なることもあり得そうなものですが、この定理によって、そんなことはないと示されたのです。

あっ。そういうこと…

まとめると、

$f(x)=g(x)$ が恒等式になる

つまり

$f(x)=g(x)$ に何を代入しても等しい

としたければ、

$(f(x)$ の次数$)+1$ 個の値で等しい

となるようにするだけでよいのです。

冒頭の答案

分母を払った式

ここで冒頭の解答に戻りましょう。

$$a(x+2)+b(x-2)=4$$

この式が $x=2$ と $x=-2$ を代入しても成立するように $a,b$ を決めたら $a=1,b=-1$ でした。

こうすると、多項式の一致の定理によりこの等式は恒等式になります。

1次以下の式 $a(x+2)+b(x-2)=4$ に2つの値を入れて成立するようにするだけで、他のどんな値を入れても等しくなる、つまり恒等式になったということですね!
というわけで、十分性をいちいち確認しなくても、$a=1,b=-1$ は恒等式になるための必要十分条件です。
じゃあ十分条件の確認って…
ええ、

「数値代入法は十分性を確認せよ」は嘘

です。

騙されてた…
まあ安全のために一言書くくらいはしてもいいでしょうが。

元の式

分母を払った式は恒等式になりました。

条件を求めるために代入したものは $x=2$ と $x=-2$ でしたが、途中経過はもう関係ありません。何を代入しても等しいです。

さて、分母を払う前の等式は、恒等式になりますか?

払った後が恒等式なんだから、払う前も恒等式です!

そうか、もとの式に $x=2$ を代入しているわけではないんですね!

補足

もう一点補足。分母を払った式を使って $(a,b)$ の組を見つけたのですが、この組は唯一の組ですか?他の組はあり得ますか?
あ、そうか。他の可能性もある…?

えっと…

言い換えます。払った式に$2,-2$ 以外の何を代入しても成立させるような $(a,b)$ の組は、見つけたものの他にありますか?
あ!ないですね!

$2,-2$ 以外はすべてということは、当然2個以上で値が一致しています!これは1次式だから…

そう。一致の定理より、多項式として唯一にきまります。他の係数ではありえません。

まとめ

たしかに正しいことは理解しました。でも、減点されるかどうかの判断って難しすぎませんか…?
そうですね。

しかも実際に採点するのは大学の先生ですから、僕の基準だってどこまで正しいかは分かりません。

でもこの問題の場合は、多分このままでも減点はない…

多分そうだとは思いますが、そもそもこの問題が入試問題の記述で出題されたりしないでしょう。簡単すぎます。

採点基準もその時々で変わるので、この場合は何を書いたら減点、何を書かなかったら減点…と考えていくのは余り建設的とは思いません。

……
それより、この件で勉強になった感じはありましたか?
それはめちゃあります…!
ですよね。結局のところ、減点されるされないにこだわらず1つ1つ疑問を解消していく姿勢がよい答案を書く近道だと思いますよ。
ABOUT ME
e-yobi
北海道大学工学研究科 修士課程修了。 専門は複雑系における物理現象。 大学卒業後は商社でネットワークエンジニアとして働いていました。 4年で退職し、教員免許を取得。 公立高校・私立高校の教員を経て、現在は関西で予備校講師をしています。